嗅覚順応のメカニズムの解明
嗅覚の一般的な性質として、匂い物質に連続的にさらされるとその匂いを感じなくなるという現象があります。我々も日常的に体験している現象ですが、これを嗅覚順応と言います。嗅覚順応のメカニズムについては単離した嗅覚神経を用いた研究が進んでいますが、個体レベルで順応現象を解析することのできる実験系は少なく、線虫はその数少ない一つです。一口に嗅覚順応と言っても秒のオーダーから時間のオーダーまでさまざまなタイムコースを示す複数のメカニズムが存在すると考えられます。
我々は5分間程度の匂い暴露により匂い物質への化学走性が低下する順応現象が、独特の性質を持つことを見出しています。すなわち、この順応は感覚神経内で起こるものではなく、介在神経AIYの機能が必須です。匂い情報が神経回路レベルで処理されているわけです。さらに、この順応に、Ras-MAPキナーゼ経路の働きが非常に重要であることを見いだしています。すなわち、この信号伝達経路は嗅覚の受容(上記)のみならず、嗅覚行動の可塑性においても機能しているわけです。この順応現象のメカニズムとRas-MAPキナーゼ経路の役割についてさらに詳細な解析を進めています。
また、30分〜1時間の匂い暴露により匂い物質への化学走性が低下する順応現象には、Goタイプの三量体GTP結合蛋白質が働いていることを見出しました。すなわち、Goのαサブユニットをコードするgoa-1遺伝子の機能低下変異体が、AWC嗅覚神経で受容される匂い物質への順応に欠損を持ちます。goa-1は運動神経から筋肉へのシナプス伝達を制御することが知られていますが、化学走性行動に関わる機能はまったく解析されていませんでした。goa-1が線虫が嫌う匂いからの忌避行動に異常を来たすことも見つけています。goa-1の機能部位、関与するシグナル伝達を解析中です。
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