線虫ゲノム
ゲノム(genome) とは精子や卵(配偶子)の核に含まれる染色体DNAの全ての塩基配列を指します。すなわち親から子へ伝えられる遺伝情報の全体のことを指します。
ゲノム配列が完全に読まれその解析が進むと、(1)すべての遺伝子のカタログが得られるため特定の遺伝子ファミリーに着目した解析が網羅的に行える、 (2)遺伝子産物の同定がコンピュータ上で容易に行うことができる、(3)逆遺伝学的手法を用いた解析がシステマチックに行える、など 研究上の様々な利点があります。 ゲノム情報の解読そのものや、ゲノム情報をもとにした新たな実験手法で包括的なデータ解析を行うゲノミクス(genomics)と呼ばれる研究分野も生まれました。例えばマイクロアレイを用いた遺伝子産物の網羅的な発現量比較や、全遺伝子を対象としたRNAiによる表現型解析などが挙げられます。
線虫C. elegansのゲノムはおよそ1億bpの塩基配列からなりますが、 この塩基配列のほぼ全てを決定したという報告が1998年になされました。 これはウイルス、バクテリア、酵母のゲノムに次ぐものであり、多細胞生物では初となるゲノム配列の報告です。線虫ゲノム配列の報告によりC. elegansには少なくとも19000の遺伝子があり、 その内の約42%の産物が線虫以外の生物にも相同性をもつことが分かりました。 C. elegansのゲノムが読まれたことは、医療にも重要な意味を持ちます。 下表はヒトの遺伝病の原因遺伝子を線虫ゲノムから検索したリストの一部です。 ヒトの遺伝病の原因遺伝子の多くが線虫にも存在することがわかります。 線虫を用いた解析から、これらの遺伝子の機能がわかるようになるかもしれません。
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C. elegansと近縁の線虫C. briggsaeのゲノム配列も2003年に報告されました。 C. briggsaeのゲノム配列が読まれたことにより、C. elegansゲノムのアノテーション(annotation)が改良され、この報告で新たに約1300の遺伝子が推定されました。 アノテーションとは、ゲノム上のどの位置が遺伝子であり、どの位置が制御領域であるかなどの注釈を入れていくことです。現在でもゲノムのアノテーションは日々改良されています。
C. elegansとC. briggsaeに加え、現在ではC. remanei, PB2801, C. japonicaの三種のゲノム計画が進行中です。これらのゲノム計画の進行にはさらなるアノテーションの改善と進化研究への寄与が期待されています。
(高山順)
参考文献
- The C. elegans Sequencing Consortium, "Genome Sequence of the Nematode C. elegans: A Platform for Investigating Biology", Science, 282, 2012 (1998)
- L. D. Stein et al., "The Genome Sequence of Caenorhabditis briggsae: A Platform for Comparative Genomics", PLoS Biology, 1, 166 (2003)
- E. Culetto and D. B. Sattelle, "A role for Caenorhabditis elegans in understanding the function and interactions of human disease genes", Hum. Mol. Genet., 9, 869 (2000)
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