線虫の遺伝学入門 〜線虫を使うことで、どのようなことが調べられるのか知りたい方へ〜
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機能解析過程における遺伝学的方法論
変異体を獲得し、原因遺伝子のクローニングを終えた後の解析過程に行う遺伝学的手法をいくつか紹介します。
a) 多重変異体の作製 二重変異体(double mutant) は、2つの遺伝子が異常になっている変異体です。2つの遺伝子の機能について関係を調べたい時に、二重変異体の表現型を観察することは有効です。
線虫の陰門の形成はRas-MAPK経路の働きにより発生が進行します。線虫の陰門は通常1つだけできますが、Rasをコードするlet-60に機能獲得型変異を持つ個体は複数の陰門が形成される表現型(Muv)が現れます。しかしRas-MAPK経路上の他の遺伝子(例えばmpk-1)に機能喪失型の変異が同時に存在している場合には、Muvが現れず正常な表現型を示すことがあります[図5]。このときmpk-1がlet-60をサプレス(supress) するといいます。
特に今回のようにシグナル伝達因子などの場合、mpk-1はlet-60よりも後で機能する因子だということがわかります。
b)
サプレッサースクリーニング、エンハンサースクリーニング サプレッサースクリーニング (suppressor
screening)とは、サプレッサー変異を獲得する目的で行うスクリーニングです。通常のスクリーニングの場合ですと野生型に対して変異原処理を行いますが、あらかじめ用意された変異体に対して変異原処理を行います。 一方エンハンサースクリーニング (enhancer screening)は、表現型がさらに亢進する新奇変異体を取ります。両方のスクリーニングとも多重変異体の獲得を目的としており、既知遺伝子と機能的に関連する遺伝子を探索する遺伝学的な方法として、多用されています。
c)
機能細胞同定のためのレスキュー実験、モザイク解析
レスキュー実験(rescue experiment) 線虫を研究する利点として、組織・細胞特異的なプロモーターが他種類揃えられていることがあります。このようなプロモーターと目的遺伝子のcDNAとをつなぎ合わせ、それぞれ線虫に遺伝子導入することで、筋肉のみとか、腸にだけといったように、目的の遺伝子を狙った部位で発現させることができます。 専門内容でもご紹介しますが、たとえば我々が扱っているような学習異常変異体ins-1やage-1の場合、これらの因子を神経で発現させた場合にのみ、異常表現型を回復させることができます。さらに個々の神経でのみ発現するような細胞特異性の高いプロモーターを用いた細胞レベルの詳細な検討も可能です。
モザイク解析(mosaic analysis)
微小注入により外部から導入した遺伝子断片は、染色体の外に存在しています。細胞分裂の際、染色体とは独立に分配されますが、新しい細胞に正しく分配されないことがしばしばあります。この場合、線虫約1000個の細胞のうち、その遺伝子を持つ細胞(+)と持たない細胞(-)がモザイク状に混じり合って局在することになります。このような個体をモザイク個体と呼びます。目的の遺伝子と一緒にGFPマーカー(Green Fluolorence Protein marker)を入れておくことで、どの細胞が遺伝子をもつ(+)かを視覚化することができます[図5]。そしてそのような発現細胞群と表現型とを照らし合わせることで、遺伝子がどこで機能すると表現型が回復するのか(もしくは現れるのか)わかります。
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参考図書: ネオ生物学シリーズD
ゲノムから見た新しい生物像 「線虫[1000細胞のシンフォニー]」 小原雄治 編 共立出版 特に本稿は 第4章
分子遺伝学からのアプローチ(桂 勲先生) に近い内容です。
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