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フェロモンによる匂いの好みの変化

自然界において、動物は生活するのに適した条件の場所に集合、繁殖し、その場所での個体数を増やしていきます。しかしながら、周囲の仲間が多くなりすぎると、各個体がより広い範囲に拡散しようとする傾向が現れます。この性質が備わっていることにより、将来的に餌などが枯渇した場合に備えて様々な場所での生存の可能性を探ることができ、種全体にとって利益となります(図1)。

図1

 

こういった動物の本能を制御するような神経回路の働きや、遺伝的に備わっている性質について、今まで詳細に解析された例は多くありません。私たちは、線虫C.エレガンスが集団内での仲間の数を感知し、仲間が多い環境に育つと、本来好きなはずの匂いが嫌いになってしまうことを発見しました(図2)。この匂いの嗜好性の変化が、集団内の仲間の数に依存した拡散を行うための一つの具体的なメカニズムであると考え、解析を行いました。

図2

線虫は耐性幼虫(注)を形成する際に、周囲の仲間の数をフェロモンの濃度により知ります。匂いの好みに関する場合も同様に、フェロモンの濃度から周囲の仲間の多さを判断していることがわかりました。つまり、周囲にフェロモンが蓄積している場合には、本来好きな匂いが嫌いになります。この匂いの嗜好性がフェロモンによって決定される分子メカニズムについて、順遺伝学的解析を行いました。その結果、ホルモン様ペプチドであるSNET-1と細胞外のペプチダーゼ(タンパク質分解酵素)であるNEP-2(プロテアーゼ、ネプリライシンのホモログ)がこの現象に関わっていることを発見しました。SNET-1は匂いが好きになるように働きますが、フェロモンの存在によってその合成が抑制され、内分泌される量が減少します。また、NEP-2はSNET-1を分解することによってその働きを抑制し、匂いの嗜好性が変化しやすくすると考えられます(図3)。

図3

以上のように、「周囲の仲間の多さの情報がフェロモン濃度として受容され、体内でペプチドシグナルとして伝えられることにより匂いの好みを調整する」という機構が明らかになりました。自然界で、種全体の繁栄に有効な複雑な行動のメカニズムを分子レベルで明らかにすることができたのです。

(注)耐性幼虫:線虫は幼虫期に餌が少なく、仲間が多く、温度が高いなど、厳しい環境にさらされると、耐性幼虫(ダウアー幼虫)と呼ばれる形態になることが知られています。一度耐性幼虫になると、厚い皮に覆われ、周囲が成長に適した環境になるまで成長を止めます。

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