旧サイトの研究内容ページはこちら

<<< | | >>>

神経細胞と神経回路のシミュレーション

神経細胞のシミュレーション

線虫は移動しながら周囲の塩の濃度を感じとり、好みの塩濃度へ向かう行動(塩走性)を示します。線虫の動きは遅いので、行動中の線虫は緩やかで小さな塩濃度変化を感じていると考えられます。一方、線虫の神経活動を測定するためには、例えば塩の濃度を急に大きく変化させるなど、線虫が普段感じることのないような強い刺激を与える必要があります。強い刺激を与えると、大きな神経活動が引き起こされて、測定しやすくなるからです。それでは、線虫が行動中に感じているような緩やかな刺激に対する神経の反応を知るにはどうしたらよいでしょうか。

ひとつの方法として、数理モデルを用いたシミュレーションがあります。ここでは感覚神経の数理モデルとして、塩濃度の時間変化を刺激として受け取り、神経応答を計算する枠組みを考えます。強い刺激に対する感覚神経の応答を測定し、これを再現できるように数理モデルのパラメータを調整します。こうして得られた数理モデルは、感覚神経が刺激に対してどのように応答するかというルールをとらえたものとみなせます。この数理モデルに緩やかな刺激を与えて応答を計算することで、緩やかな刺激に対する感覚神経の応答を推測することができます。推測された応答にもとづいて、線虫が行動しているときの神経の働きを考察できるようになります。

 

図: 数理モデルによるシミュレーションを活用して、弱く緩やかな刺激に対する感覚神経の応答を推測する

 

またこれまでの研究から、神経活動や学習・記憶に関わる遺伝子が次第に明らかになってきました。これらの研究では、特定の遺伝子が壊れた変異体を使って、神経の応答や学習・記憶のようすを調べています。ただし神経細胞の内部では多数の遺伝子産物からなる複雑なネットワークがかたちづくられているので、特定の遺伝子が壊れた変異体のようすから遺伝子産物の役割を推測するのは簡単ではありません。変異体のようすを再現できるような数理モデルを作成することで、全体の見通しがよくなり、それぞれの分子が神経活動でどのような働きを担っているかとか、学習・記憶の実体はどこにあるのかといった問題を解決できる可能性があります。

  

神経回路のシミュレーション

学習や記憶が起きるときには、神経細胞間のつながりの強さが変わる場合があります。上流側の神経細胞の活動が学習の前後で同じであれば、下流側の神経細胞の活動が変わることで、つながりの強さが変化したことがわかります。しかし、上流側の神経細胞の活動が学習の前後で変わってしまうと、下流側の神経細胞の活動が変化したとしても、つながりの強さが変化したかどうかがわからなくなってしまいます。それでは、つながりの強さが変わったかどうかを調べるにはどうしたらよいでしょうか。

こうしたケースでも、数理モデルを用いたシミュレーションが役に立ちます。ここでは、上流側の神経の活動を受け取って下流側の神経の活動を計算するような枠組みを考えます。まず、上流側と下流側の神経細胞について学習前の活動を測定し、上流側の神経活動を与えると下流側の神経活動を正しく再現できるよう、数理モデルのパラメータを調整します。こうして得られた数理モデルは、上流側の神経と下流側の神経とのつながりの強さを表現しているとみなせます。つぎにそれぞれの神経細胞の学習後の活動を測定し、上流側の神経活動を数理モデルに与えて下流側の神経活動を推測させます。推測された下流側の神経活動が実際の活動と大きく異なっている場合、つながりの強さが変わったと判断することができます。

また、線虫を含む多くの生き物は感覚神経を通じて周囲の状況を感じとり、その情報を下流へ伝えます。下流には複数の神経からなるネットワーク(神経回路)があり、情報を受け取って処理し、行動を変化させます。こうした神経回路の働きを知るために、回路を構成する神経細胞を個別に殺傷して回路を壊し、その影響を調べる実験が行われてきました。しかしネットワークそのものの性質を調べる研究などから、複数の構成要素がそろって初めて機能を発揮する性質(創発性)や、構成要素が多少欠けても機能を維持できる性質(冗長性)などが明らかになってきました。神経回路もこうした性質を持っているため、個別の神経を殺傷する実験だけでは神経回路の働きをくわしく調べることは難しいといえます。こうした場合でも、複数の神経の活動を取得し、これを再現できる数理モデルを作って調べることで、実際の神経回路上で情報がどのように伝わり、どう処理されているかを推測することができます。

関係する研究内容:神経活動の可視化とその解析全神経回路の働きの解明

<<< | ↑↑ページトップ | >>>