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塩濃度学習の機構

塩濃度学習の機構

 動物は、匂いや味の化学感覚を手がかりに餌を探します。とりわけ低濃度の塩味は、ほ乳類を含む多くの生物にとって好ましい刺激と考えられています。1970年代に線虫を用いた化学走性の研究が始まって以来、長年、それは線虫にとっても誘引性の刺激であると思われていました。ところが、線虫を飼育する環境と塩走性との関係をあらためて精査してみたところ、線虫は餌とともに経験した塩濃度を好み、飢餓を経験した塩濃度を避けるように行動することがわかりました。すなわち、線虫の塩走性は、経験に基づいて獲得された学習行動だったのです(図1)。

 
図1  線虫の塩走性。餌を得ていた塩の濃度に向かい、飢餓を経験した塩の濃度を避けるように移動する。

 

この学習では、線虫は餌の有無と環境の塩濃度を関連付けて記憶していると考えられます。飼育の途中で塩濃度を変えると、1時間程度で新しい環境を記憶しました(忘れっぽい?それとも、切り替えが早い?)。

 神経を破壊する実験などから、この行動はたった一つの味覚神経からの入力で制御されており(図2)、その細胞で働くジアシルグリセロールシグナル伝達経路が塩濃度の好みを決めていることが明らかになりました。

 

 
図2  線虫の頭部にある味覚神経ASE(黄色)。写真右側にある楕円形の細胞体から左側の口先に向けて、神経突起が伸びている。白線は10マイクロメートル。

 

さらに、カルシウムイメージングや光遺伝学を用いて神経を人為的に活性化する実験から、味覚神経から下流の介在神経への神経伝達の可塑性が、行動を変える原因のひとつであるとわかりました(図3)。

  図3 塩濃度の記憶により行動が変化する仕組み。はじめに、線虫は塩濃度の低い方へ移動していたとする。記憶されている(好ましい)塩の濃度よりも現在の濃度が低い場合にのみ、味覚神経の応答が介在神経へと伝達され、進行方向が修正される。

 記憶に基づく行動は、高等生物では、複雑な脳の働きによって作り出されています。記憶は脳のどこにどのような分子の変化として蓄えられ、その記憶によりど のように行動が調節されるのでしょうか。線虫を用いた記憶と学習の研究は、動物に共通な分子メカニズムを解き明かすのに適していると考えられます。また線虫は、農作物に被害を与える害虫としても知られています。走性行動の仕組みを詳しく調べることにより、その被害を食 い止める技術開発につながる可能性もあります。

関係する研究内容:化学走性の行動戦略味覚忌避学習の分子機構

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