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全神経回路の働きの解明

全神経の「まるごと測定」

生物は感覚神経を通じて周囲の状況を感じとり、その情報を下流へ伝えます。下流には複数の神経からなるネットワーク(神経回路)があり、情報を受け取って処理し、行動を変化させます。こうした情報処理には、それぞれの神経細胞がどういった入力に対してどのように応答するかという特性や、神経細胞の組み合わせとしてのネットワークの働きが重要だと考えられます。

下流の神経細胞の応答の特性を知るためには、その上流にあたる全ての神経細胞の活動を同時に測定することが必要になります。線虫はあらゆる生物の中で唯一、全ての神経細胞に名前がついていて、神経細胞間のつながりもわかっていますから、どの神経細胞の活動を調べればよいかはわかります。また特定の神経細胞だけを光らせて活動を測定する手法も確立されています。しかし3次元空間に散在する複数の神経細胞の活動を同時に測定することは簡単ではありません。そこで、毎回同じ刺激を加えながらそれぞれの神経の活動を個別に調べる方法が広く行われてきました。

 

図1: 線虫頭部の神経細胞は、棒状の咽頭(緑)を筒状に取り巻くように3次元的に散在している

 

こうした測定方法には同じ刺激を加えたら同じ応答が観察されるはずという前提があります。一方、マウスや線虫など多くの生物の神経系で、刺激に依存しない、ランダムで自発的な神経活動がみられることがわかってきました。つまり同じ刺激を与えたのに同じ応答が観察されないということがしばしば起こります。こうした乱雑さは神経細胞の応答特性を知るうえで邪魔になってしまいますが、すべての神経の活動を同時に調べることができれば、自発的な活動の伝わりを調べることで、刺激依存的な応答だけを取り出して調べることができると考えられます。

こうした自発的な神経活動の役割はまだよくわかっていませんが、自発的な活動と刺激依存的な活動とが相互作用することで初めて行動が決定される、という考え方も知られています。すべての神経の活動を同時に調べることで、自発的な活動がどのように神経回路内を伝わり、刺激依存的な神経活動とどのように相互作用するか調べることもできます。

そこで我々は、「全神経のまるごと測定」を目指すCREST共同研究プロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトでは、

    • 3次元空間に散在する複数の神経細胞の活動を同時に測定するための高速な4D(xyz+t)蛍光顕微鏡技術
    • 4D蛍光顕微鏡で撮影された3次元の動画から神経細胞を検出し、神経活動を抜き出す画像解析手法
    • 検出された細胞が神経回路のどの細胞にあたるのかを同定する情報科学的手法
    • 神経回路の活動をシミュレートし、個々の神経細胞の応答の特性やネットワークとしての働きを明らかにする数理解析手法

といった新規技術を開発します。またこの共同研究プロジェクトでは、以下のような興味深い生命現象に注目しています:

    • 自発的活動と外的刺激の相互作用
    • 自発的活動や蛇行運動を生み出す振動回路はどこにあるか
    • 神経回路のどこで学習が起き、その結果どのように行動が変わるか
    • 時間的情報に基づいた空間情報の認識のしくみ

これらの現象を生み出す神経系のしくみを明らかにすることを通じて、神経系の情報処理の基本的なしくみを明らかにすることを目指しています。

 

高速な4D蛍光顕微鏡

本共同研究プロジェクトでは、独自に開発した4D(xyz+t)蛍光顕微鏡を所有しています。この顕微鏡は100マイクロメートル立方ほどの3次元空間に散在する全ての神経細胞を約0.2秒という短時間のうちに撮影できる性能を持っています。この顕微鏡を使って頭部の全神経のまるごと測定をすでに行っており、これらのデータを参考にしながら画像解析手法などの開発を進めています。

この4D蛍光顕微鏡の撮影スピードは十分に高速ですが、線虫の移動速度はさらに速いため、撮影にあたっては線虫の動きを制限する必要がありました。しかし、線虫の動きを制限した場合には一部の神経の活動に異常が生じることがわかっています。また自由に行動している間の線虫の神経活動を調べれば、神経活動と行動の関係についても直接調べることができます。そこで我々は、より高速な4D蛍光顕微鏡の開発を進めています。

この研究では、高速撮影に適した新規技術による4D蛍光顕微鏡を開発します。さらに、行動中の線虫を追いかけるトラッキングシステムと組み合わせて、自由に行動している線虫の全神経まるごと測定を目指します。

 

3次元の動画から神経細胞を検出し、神経活動を抜き出す画像解析手法

4D蛍光顕微鏡が生み出すデータは、縦横(xy)の平面的な静止画像が深さ(z)と時刻(t)方向に多数積み重なった、3次元の動画となります。画像の枚数が膨大なので、それぞれの画像に写った神経細胞をひとつずつ目視で確認したり手動で切り抜いたりといった古典的な方法では、解析に膨大な時間がかかってしまいます。また線虫は動きが制限されているとはいえもぞもぞと動くので、時刻が異なるふたつ画像の間で対応する細胞がどれかを決めなくてはいけません。さらに複数の神経細胞が互いに近くにある場合は、画像中で適切な境界線を引いて、神経活動の強さを示すシグナルが互いに混ざらないよう注意する必要があります。そこで我々は、これらを自動的かつ高精度に行う画像解析プログラムを開発しています。

 

図2: 蛍光顕微鏡で撮影した線虫の神経細胞核の3D画像(上)と神経細胞の自動検出の結果(下)

 

検出された細胞が神経回路のどの細胞にあたるのかを同定する情報科学的手法

画像中の全ての神経細胞を検出し、その活動を抽出できても、それだけでは神経回路を解析することはできません。検出された神経細胞が神経回路のどの細胞に相当するかを調べる(同定する)必要があります。この作業はもともと、局所的な領域に注目してごく少数の神経細胞を同定するもので、職人芸的な要素を含んでいました。4D蛍光顕微鏡が生み出すデータは膨大で、頭部の全神経を含んでいますから、頭部の全神経を対象とした、効率よく客観的な細胞同定の手法が必要になります。そこで我々は、様々な神経細胞を個別に光らせた線虫株の画像データベースと、割当問題やMCMC法などの情報科学的な手法を組み合わせて、自動的に細胞同定を行うプログラムを開発しています。

 

関係する研究内容:神経活動の可視化とその解析神経細胞と神経回路のシミュレーション

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